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Posted by 京つう運営事務局  at 

2009年02月21日

氾濫する御祈祷済み商品

引用:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090219-00000526-san-soci

以下↓
  神社で祈祷(きとう)を受け、パッケージに「合格祈願済」などとうたう“合格グッズ”の発売が相次いでいることを受け、神社本庁(東京都渋谷区)が「神社の尊厳を損なうことになる」と全国の神社庁に同種の祈祷の問い合わせには応じないよう通達していたことが18日、分かった。神社本庁では「営利優先の商業活動が顕著になっていることは遺憾。今後の神社運営に大きな影響を与えかねない」と懸念を示している。

 神社本庁祭務部によると、受験シーズンを控えた昨年末ごろから、「◯◯神社 合格祈願済」などとうたった商品が大手食品メーカーや文房具メーカーから相次いで発売され、それに伴い、「どこの神社にお願いしたら祈願商品が作れるのか」という問い合わせが神社本庁に殺到した。

 本庁では「御利益を商売に利用するようなことはしないでほしい」と回答を繰りかえしたが、問い合わせが絶えず、全国の神社庁に通達することを決めた。

 通達を出したのは先月中旬。企業からの問い合わせが相次いでいることを伝え、「応じられないよう」と通知している。

 神社本庁では「本来、御利益のあるお守りやお札は、直接その神社に出向いて受けることが原則」とし、「『祈祷済』とした商品の販売を一度許してしまうと、その後無断で神社名が使われてしまうなど、神社の運営に大きな影響を与えかねない」と話している。

 「学問の神様に祈願していただいた『祈願焼のり入り』」と書かれたカップラーメンなど、すでに数多く発売されている“合格祈祷済みグッズ”。その中の一つ、長岡天満宮(京都府長岡京市)で合格祈願を受けた梅果汁を使用したキャンディ「ハイチュウ 合格梅味」を先月発売した森永製菓では、「受験生のお守りになってほしいと企画した商品。ご協力いただいている神社からパッケージについても許可もいただいているので問題はないはずです」と話している。


 ↑引用ここまで。

 じつはコレ、他にも御香宮が御祈祷したお酒がスーパーの店頭に並んでいたりするのですが・・・・グレーゾーンの商品なんですよ。

 まず「携帯ストラップ型のお守り」とまったく同じデザインの「携帯ストラップ」があれば、外見上「単なる携帯ストラップ」と「お守り」の区別ができないでしょう。じゃあ「お守りか否か」のどこで判断するの? と言うお話から入らないといけない。

 「お守り」=「神様の分御霊が宿ったもの」であり「神様の分御霊が宿っていないもの」は単なる「小物」や「紙」であって例え「○○神社守護」とされてあっても「神様の分御霊が宿っていないもの」は「お守り」とは言えないので、外見からはまったく区別ができない訳です。
もっと言うと、そのような分御霊をそれぞれの依代に移って頂く御祈祷は、一般の方が同席するか? と言えば必ずしもそうじゃない。と、いうか同席しない事の方がおおいでしょう。

 じゃあ、「お守りか否か」を決める根拠は神職が「お守りです」と言い張るかどうかにかかってくる訳で、信じるがどうかだけの世界になっている。

 それに対して税務署なんぞは「値段設定を高くしないと信仰の対象とは見做させないので、課税しますよ」と言ってくる。他にも「お土産」と「お守り」(信仰の対象として、分御霊が宿った依代は授与品と総称するのですが)その授与する方法にも税務署は色々言ってくる。

 つまり、神社の社頭で販売する「お土産」には課税するが、信仰の対象である「授与品」には課税しないことになっているが、外見上この二つは区別できない事が出てくるので、ややこしくなる。

 それゆえ、神社が授与品を授与する場所は「神社の社頭」を原則とし、病む得ない場合(崇敬する社寺まで遠すぎて気軽に参拝できない、体調の問題で参拝できないetc)を除いて通信手段での授与は行わないし、神社側から積極的には行わないのが通例となっている。

 じゃあこの「御祈祷済み商品」とは一体何なのか? 一般の流通ルートで販売される訳なので、商品ではる。税金もしっかりかかっている。 商品であることを前提に考えると、分御霊は宿っていない。では、どのような御祈祷がなされているのか?

 受験生をターゲットとした商品であれば、当然「合格祈願」でしょう。一般企業が自社の商品に、合格祈願を神社にしてもらって、市販するという構造であれば、神社側は依頼された御祈祷をしただけで、後は企業がその商品をどう扱うかは、企業の問題であって神社側が四の五の口を挟む部分はないかもしれない。

 強引に企業側の肩をもつのならば、企業が受験生の代わりに合格祈願をして、そのお下がり(御祈祷を受けたら昆布とかスルメとか、お神酒とか頂くでしょ。それです。神様にお供えした食物を、一緒に頂く事にによって、神様の力を頂く形になっています)それを、流通ルートを通じて行っている。いわば御神徳を一般の方に知らしめて、教化育成に貢献していると、言えなくもない。

 しかし、この「合格祈願が成されたかどうかは、一般の消費者には確認のしようがない」(御香宮御祈祷済みの清酒の場合、家内安全かな)つまり、消費者レベルで御祈祷された事実が確認できなかった場合は、単なる「神社ブランドを冠したお菓子」であって、神社側は自分で自分のブランドを安売りしてしまっているだけ。言い方を代えれば自分でそのブランド価値を貶めている事になってしまう。いゃ、そもそも「信仰」ってどういうこと? 改めて考えざるをえなくなる。

 いなみに、t私は「信仰」をどう定義しているかと言うと、精神分析学者の岸田秀の言葉を借りて「幻想に対する陶酔」であると考えている。経済的な価値と精神的な価値はズレているからこそ、「いわしの頭も信心から」なんて言えるのでね。

 さて、この手の商品は神社本庁が「通達」を出したから納まるかといえば、絶対納まらないと私は確信を持っている。
なぜかちゅうと、基本的に日本の組織はトップには賢い人を使わない。今の政権みてもわかるでしょ。トップに立つ人は、馬鹿で使いやすい「看板」でしかなくて、「その取り巻き」が使い安そうな人間を「神輿の上に乗せているだけ」でしかない。取り巻きが自分の保身の為に選んだトップだ。取り巻きの言うことを聞かないとトップは務まらない。

 加えて、田舎の名の無い神社へは、このようなお話は来ない。有名な神社でないとブランド価値はないからね。でブランド価値のある神社は神社庁でも何らかの役職を持っている事が多いの。いわゆる「取り巻き」だったりする。神社庁が通達はしても、馬耳東風だったりするし、強くは言えない(ここで言う力も幻想だけれどね)

 こんな茶番をしてるから、神社は氏子さんが離れてゆき、オカシナ新興宗教にその地位を取られてしまい、観光産業に成り下がってしまうのだ。
 「神職は神様の方ばかりを向いて、氏子さんの方を向いていない」と言うのが私の神社批判であったのだが、「神様の威を借る有名神社」という批判も加えないといけないね。

 誤解の無いように加えておくが、神職も「霞食って生きてゆく訳じゃない」ので、営利は必要なんだよ。しかしその「稼ぎ方」が問題でね。神様を地べたに落とすリスクを抱えてまで、旨いモン食う必要はない。そんな事をするくらいなら、「草鞋を二束履いてるほうが余程マシだ。

 これが、少し前まで私が持っていた「二束の草鞋」の誇りであった。しかし、「氏子さんの役に立っていないから、氏子さんが神社にお金を使ってくれない」と考えた時、ウチの氏子世帯数では神職だけで食える数を抱えているに関わらず、実際そうではない現実に気づいた時に「神主の仕事は街づくりである」との答えを出した。

 具体的にどうする事なの? と考えたらまだまだ答えは出せていないけれど、少なくとも神様の威を借る神主にはなりたくね~な。
  


Posted by 淀の生頭  at 07:23Comments(2)日々是馬鹿

2009年02月13日

地鎮祭できるかな?

 と、書くつもりであったが、本日、先ほど。無事終了。

 ここだけの話だが、資格を取得して10年を超えるが、神主の分際でワタシゃ地鎮祭を未だ10回こなしていない。前回こなしたのはン年前だ。大抵は宮司にまかせていたからね。ワタシはワタシで稼ぎがあるからね。それが先日、宮司が入院した為、急遽ワタシが執行することになった。宮司の方は次の20日には退院する予定なので大事ではないが、こういう時に限り御祈祷の依頼が増える。実際、お宮参り、六三のお払い、もう1件、別の日地鎮祭に依頼があった。お宮参りなどは少し先なので、休みが取れる。だが、急に休みが取れないのでもう一件の地鎮祭は、やむ終えず隣町の神主さんにお願いすることにした。
 しかしまぁ、慣れない事は何かと大変で、祭式は祭式本を見て思い出すことができたが、備品の確認やらなにやらカニやらで5日ほど前から少しずつ始めた。困ったのは倉庫の確認。なんせ朝4:30には家を出て、帰宅が早くて午後6:00頃なので、倉庫が暗くて見えやしない。
 そういう時に、天の助けか? 偶然仕事の事情で早退できる日ができたので、倉庫をひっかき廻す事ができたのだが・・・・(稼ぎの売上は悪いわな)母が一言「あんた、身体壊したんとちゃうな?」と確認されてしまった。いっぺんに二人も病人が出たら、たまったもんじゃないわな。

 で、今朝はいつもどおりに4時に起きて、備品を整理して車に積み込む、お社に上がってそちらの備品も用意して・・・・何より場所の確認もしないと・・・・・で何かとバタバタ。注連縄張って、祭壇を用意して御祈祷は9:00から。なんとか準備が終わったのが、8:45分。参列者はご家族と施工主1名のこじんまりしたお祭。さぁ始めようと思って気がついた。
「勺」もって来るの忘れてた・・・・・・

 あと暫く、こういうバタバタが続くんだろうなぁ・・・・・

 めでたし・めでたし。  


Posted by 淀の生頭  at 10:34Comments(0)日々是色々

2009年02月03日

「恵方巻」はユダヤ人の陰謀である

 節分に巻寿司を恵方に向いてかぶるというのには、違和感がある。
 少なくとも子供の頃にはしなかった。門口に柊さしたり、いわしの頭をさしたりはしたけれど、だ。ウチでも数年前から節分に御祈祷をするようにしたので、家の中の事はつい後回しなる。そのせいで、ここ数年は柊の世話にもいわしの世話にもなっていない。ごめんよ。

  あの海苔巻きの慣習の押し付けは、海苔屋の陰謀と言う説は多分そのとおりで、中にはユダヤ人の陰謀との説もあるんじゃないか? と今思いついたが、まぁユダヤ人の陰謀は数え始めればキリがないし、何を考えているのかよくわからないし、人畜無害な陰謀ばかりなので、まぁ好きにしてほしい。

 ンで、昨年はチラシまで配ってコンビニが力を入れていたのは、「節分用のロールケーキ」・・・・・・・今年はチラシこそなかったけれど、「節分ロールケーキ」なる商品は店頭に並んでいたな。
 消費を提案するのも仕事なんだろうけどさぁ。・・・・・・・・・だいだい無言で恵方向いて家族全員が海苔巻きかじる姿と言うのは、不気味じゃないか? サザエさんでもそんなシーンは出てこないぞ。で、正月の餅に続いて年寄りが喉に詰めて窒息しそうだぞ恵方巻き! だからなのか? 比較的? のどに詰まりにくいロールケーキを恵方向いて家族で齧れと言うのは? いつかニュースで流れるぞ「節分ロールケーキで老人窒息死!」 

 なんせ、こんにゃく畑のこんにゃくゼリーで、窒息するご時世だ。何が起こっても不思議はないだろう。

 言っちゃなんだが、そんなところで和洋折衷しなけりゃならない必然性はどこもないだろう。と、言うかぁ・・・窒息死の原因つくってんじぁね~かぁ海苔屋とコンビニは??? それを狙っているんなら、マジでユダヤ人の陰謀だぞきっと(笑)

  冗談はさておき、ウチもお社では、豆をふるまったり、正月のお供えで頂いた餅を薄切りにして、油であげて、油揚げ・・・・もとい、アラレにして振舞う他、竹で酒を燗したり、甘酒をだしたりと結構手間なことをしている。

 しかし、平日なのでそんなに人はこない(笑)お山の足元にある保育園の園児と、地元の年寄りが、これらの餌を目当てに来る程度だ。(賽銭も持たずに、だ)まぁ、べつにいいんだけどさぁ。護摩祇の類で元はとれてるから・・・・・

 そういうわけで、これから境内にあがるぞ!
  


Posted by 淀の生頭  at 09:10Comments(3)日々是色々